2012年10月09日
第6回 すべてのわざには時がある
私に、『漆』はまだ早い、と思ってた。
和倉温泉をあとに、輪島塗の輪島へ。まったくもって前知識はなく、能登半島へ来た我が家。駐車場に車をとめて、にわか観光プランをたてるべく、地図をみる。わからん。そうだーっ松本のギャルリ灰月さんに聞いてみようと、電話。「輪島にいるんだけど、どこへ行くべき?」「あたしはねー、朝市通りのまん中へんにある市中さんの漆作品が好き。とてもいい仕事をするの。」
ガラガラ、こんにちは。(戸をあけて入ったつもり。)ひとしきり眺めると、‘古代朱’という色の小さなお盆に目が止まる。なんて、上品できれいな色。値も、射程距離内。がんばって、使ってみよう。仕事場からご本人が出て来て下さった。
「市中さんがいいと思う若い作家さん、どなたかご紹介いただけますか?」
「箱瀬くんかなぁ。面白いよー、彼は。電話してみようか?」
クマネズミの背毛を使った筆。もう、この筆をつくる職人がいない。
ずーっと、ずーっと山の奥へ向かうと、大きな蔵の前で箱瀬さんは待っていて、中へ通して下さった。
「この仕事場は1人しか入れない。」そうですよね、ホコリが立ったら大変だ。彼の得意とするのは、蒔絵。私は、正直、蒔絵というものがわかっていない。漆に金で絵が描いてあるというよう浅い知識。「こういうシンプルな椀もつくるんだよ。」反射によっては翠(みどり)にも見えるような美しい深い深い黒色のまぁるい椀を見せてくれた。道具を手にして、「この刷毛はね、女の人の髪でできてるの。男性の髪じゃダメなんだ。」20年が寿命。そしたら、また別の女性の髪につけ替える。
母屋の2階では、蒔絵作業を行っている。この辺りでは、母屋・納屋・蔵の3点セットが普通で、廊下が漆塗りなのも、スタンダードだそう。
ぽんと手のひらにのせて下さった、酒盃。内側には、江戸時代に使われていたおもちゃが金の蒔絵でほどこされている。かかる手間、技術の高さなどぶっ飛ばして、それは、‘宇宙’。吸い込まれそうだ。これを見飽きることは、ないだろう。
「蒔絵ってどうやるか、知ってる?」
「わかりません」
「表面に、漆で絵を描いて、乾かないうちに金粉を蒔いて磨くの。この細い線はね、あと20年もして、僕が死んだら誰もできない。」
「この筆をつくる人がもういない。僕が持ってる、これが最後。うちの若い子にもムリだろう。」
技術は血肉だと、思ってる。この身体にしか残せない。
「なんでもシンプルなのがいいって流行ってるけど、僕は今こそやらなければ、と思ってる。漆塗りは中国にもあるけど、蒔絵は日本にしかない技術。」
「陶器とちがって割れないし、修理もできるんだから。使わないとダメ。漆は不思議なもんで、油と湿気の両方が必要。毎日使って、手で触るのがいいんだよ。」
「2万円払ったら、2万回使えるってコト。」
毎朝、トーストに使っている、若手作家・鎌田さんの乾漆皿。
こちらでも、修理のときは送ってくださいと言われた
登呂博物館の学芸員さんが話してくださったことを思い返している。「石器を見ると、人間の技術が下がってるかも?と思う。鉄器が普及したら、石器を作る技術は廃れる。人間は変わってないんですよ。旧石器時代の赤ちゃんと今の赤ちゃん、交換しても、おんなじようにその環境のなかで、育つ。」
土の性質は古代からずっと変わっていない、と考えてきたけど、
「人間も変わっていない。」
この発言は、近頃いちばんの衝撃だ。
*注 ギャルリ灰月(かいげつ)は、長野県松本市にある、陶や木の器を扱うお店です。オーナーの滝澤さんが選ぶ目をとても信頼しています。
http://www.galerie-kaigetsu.com
---------------------------------
◆ほかの回のコラムを読む
第1回 ベルギー・オランダ、ビールの旅
第2回 おそれ入ります、お庭ちゃん。
第3回 今さらながら、自己紹介
第4回 土がわたしにくれたもの
第5回 よそもの視点、旅人目線
第6回 すべてのわざには時がある
第7回 『100gのキモチ』 (最終回)
和倉温泉をあとに、輪島塗の輪島へ。まったくもって前知識はなく、能登半島へ来た我が家。駐車場に車をとめて、にわか観光プランをたてるべく、地図をみる。わからん。そうだーっ松本のギャルリ灰月さんに聞いてみようと、電話。「輪島にいるんだけど、どこへ行くべき?」「あたしはねー、朝市通りのまん中へんにある市中さんの漆作品が好き。とてもいい仕事をするの。」
ガラガラ、こんにちは。(戸をあけて入ったつもり。)ひとしきり眺めると、‘古代朱’という色の小さなお盆に目が止まる。なんて、上品できれいな色。値も、射程距離内。がんばって、使ってみよう。仕事場からご本人が出て来て下さった。
「市中さんがいいと思う若い作家さん、どなたかご紹介いただけますか?」
「箱瀬くんかなぁ。面白いよー、彼は。電話してみようか?」
クマネズミの背毛を使った筆。もう、この筆をつくる職人がいない。
ずーっと、ずーっと山の奥へ向かうと、大きな蔵の前で箱瀬さんは待っていて、中へ通して下さった。
「この仕事場は1人しか入れない。」そうですよね、ホコリが立ったら大変だ。彼の得意とするのは、蒔絵。私は、正直、蒔絵というものがわかっていない。漆に金で絵が描いてあるというよう浅い知識。「こういうシンプルな椀もつくるんだよ。」反射によっては翠(みどり)にも見えるような美しい深い深い黒色のまぁるい椀を見せてくれた。道具を手にして、「この刷毛はね、女の人の髪でできてるの。男性の髪じゃダメなんだ。」20年が寿命。そしたら、また別の女性の髪につけ替える。
母屋の2階では、蒔絵作業を行っている。この辺りでは、母屋・納屋・蔵の3点セットが普通で、廊下が漆塗りなのも、スタンダードだそう。
ぽんと手のひらにのせて下さった、酒盃。内側には、江戸時代に使われていたおもちゃが金の蒔絵でほどこされている。かかる手間、技術の高さなどぶっ飛ばして、それは、‘宇宙’。吸い込まれそうだ。これを見飽きることは、ないだろう。
「蒔絵ってどうやるか、知ってる?」
「わかりません」
「表面に、漆で絵を描いて、乾かないうちに金粉を蒔いて磨くの。この細い線はね、あと20年もして、僕が死んだら誰もできない。」
「この筆をつくる人がもういない。僕が持ってる、これが最後。うちの若い子にもムリだろう。」
技術は血肉だと、思ってる。この身体にしか残せない。
「なんでもシンプルなのがいいって流行ってるけど、僕は今こそやらなければ、と思ってる。漆塗りは中国にもあるけど、蒔絵は日本にしかない技術。」
「陶器とちがって割れないし、修理もできるんだから。使わないとダメ。漆は不思議なもんで、油と湿気の両方が必要。毎日使って、手で触るのがいいんだよ。」
「2万円払ったら、2万回使えるってコト。」
毎朝、トーストに使っている、若手作家・鎌田さんの乾漆皿。
こちらでも、修理のときは送ってくださいと言われた
登呂博物館の学芸員さんが話してくださったことを思い返している。「石器を見ると、人間の技術が下がってるかも?と思う。鉄器が普及したら、石器を作る技術は廃れる。人間は変わってないんですよ。旧石器時代の赤ちゃんと今の赤ちゃん、交換しても、おんなじようにその環境のなかで、育つ。」
土の性質は古代からずっと変わっていない、と考えてきたけど、
「人間も変わっていない。」
この発言は、近頃いちばんの衝撃だ。
*注 ギャルリ灰月(かいげつ)は、長野県松本市にある、陶や木の器を扱うお店です。オーナーの滝澤さんが選ぶ目をとても信頼しています。
http://www.galerie-kaigetsu.com
---------------------------------
◆ほかの回のコラムを読む
第1回 ベルギー・オランダ、ビールの旅
第2回 おそれ入ります、お庭ちゃん。
第3回 今さらながら、自己紹介
第4回 土がわたしにくれたもの
第5回 よそもの視点、旅人目線
第6回 すべてのわざには時がある
第7回 『100gのキモチ』 (最終回)
Posted by eしずおかコラム at 12:00