2012年09月11日
第4回 土がわたしにくれたもの
若い頃の作品を見ると、自分を押しつけてるな、と思う。アタシの思うようになれっ!この、ツチクレめ。(そんな乱暴じゃないけど・・・)
陶芸を始めて、24年。日本でなく、イギリスでセラミックスを学んだ。釉薬(器の表面を覆っているガラス質の部分)はすべて、自分で調合している。釉とは化学反応で、地味な実験の繰り返し。日本に帰国してすぐ、窯元を何軒か訪ねた。
「わ、この色きれいですね、どうやるんですか?」
「アンタ、何言ってんの?門外不出だよ。代々、この家の者にしか教えない。」
へ? イギリスの作家は、自分で開発した釉薬を公開している。それを元に、他の作家や次の世代がもっといいものを作れば、その方がいいと考えるから。
たとえば、釉薬に欠かせない長石。イギリスでは、酸化カリウム11.3%/酸化ナトリウム3.2%/酸化アルミニウム18.5%/二酸化ケイ素69.5%、きちんと組成が表示されている。日本は福島長石、釜戸長石、平津長石・・・産地名だけで、成分表示がない。同じ福島長石でも、仕入れ先の原料屋で、反応が変わる、、。というわけで、私はイギリスから帰国後、4年間はずーっと釉薬テストをしていた。
“ちょっと、マヌケに作る。”
作るとき、そんなことを心がけてきた。そのものだけで完結していると、他のヒトの入る余地がない。モノが入って、他のヒトがつかって、初めて完成する。そんなことを考えていた15年目のある日、老子の言葉を現代語訳した本に出会った。
“無きを以て、用を為す”
粘土をこねくり回して、器をつくるが、中が空(虚ろ)でないと何も入らない。家も同じで、中身がつまっていたら、何も入らない。人間もおなじで、中が詰まっていると、なにも入らない。
“ないことが、役に立つ!”
空洞に作ることは、土にとって必然。器であれば、食べ物が入って完成。オブジェであろうと、用は中が虚ろであること。それを2千年前の老子が言っていたとは!

norico,stoneware,2004,174x222x108mm
陶芸を始めて20年目のある日、地下鉄を出たら東京は嵐だった。ビルの吹き溜まりに、たくさんの壊れたビニール傘。作ったヒトって、それがどんな風に使われて、どう命を終えるか、考えてるんだろうか・・・。そう思ったら、土を焼くのがこわくなった。
これはたぶん陶芸家しか知らないことだけど、乾いた土が、水に溶け行く姿は本当に美しく、これを人に伝えるには映像しかなかった。焼いたら、もう元には戻れない。
私は今、田んぼの土に何も加えず、ただこねて器を作る実験をしている。同じ田んぼの土から稲が育ち、その土で作った飯碗で、その秋に収穫された米を食べる。米を食べて、力をつけてまた働く。なんてシンプルな仕組みなんだろう。土さえあれば、生きていける。
地球上の土は、焼けばみんな石になると考えている。世の中にある焼き物はすべて人の手で作られたもの。石が器の格好してるから、割れると使い物にならん!と不燃物になる。割れたら、ただの石だと思えばいいじゃないか?
てな風に、私の相棒‘土塊(ツチクレ)’と喧嘩をしたり、仲良くしたりしています。

田んぼの土焼成テスト。
静岡の土はまだ若く、数百万年程度なので1250度ではへたれる。
1130度で、いい感じに焼き締まった
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◆ほかの回のコラムを読む
第1回 ベルギー・オランダ、ビールの旅
第2回 おそれ入ります、お庭ちゃん。
第3回 今さらながら、自己紹介
第4回 土がわたしにくれたもの
第5回 よそもの視点、旅人目線
第6回 すべてのわざには時がある
第7回 『100gのキモチ』 (最終回)
陶芸を始めて、24年。日本でなく、イギリスでセラミックスを学んだ。釉薬(器の表面を覆っているガラス質の部分)はすべて、自分で調合している。釉とは化学反応で、地味な実験の繰り返し。日本に帰国してすぐ、窯元を何軒か訪ねた。
「わ、この色きれいですね、どうやるんですか?」
「アンタ、何言ってんの?門外不出だよ。代々、この家の者にしか教えない。」
へ? イギリスの作家は、自分で開発した釉薬を公開している。それを元に、他の作家や次の世代がもっといいものを作れば、その方がいいと考えるから。
たとえば、釉薬に欠かせない長石。イギリスでは、酸化カリウム11.3%/酸化ナトリウム3.2%/酸化アルミニウム18.5%/二酸化ケイ素69.5%、きちんと組成が表示されている。日本は福島長石、釜戸長石、平津長石・・・産地名だけで、成分表示がない。同じ福島長石でも、仕入れ先の原料屋で、反応が変わる、、。というわけで、私はイギリスから帰国後、4年間はずーっと釉薬テストをしていた。
“ちょっと、マヌケに作る。”
作るとき、そんなことを心がけてきた。そのものだけで完結していると、他のヒトの入る余地がない。モノが入って、他のヒトがつかって、初めて完成する。そんなことを考えていた15年目のある日、老子の言葉を現代語訳した本に出会った。
“無きを以て、用を為す”
粘土をこねくり回して、器をつくるが、中が空(虚ろ)でないと何も入らない。家も同じで、中身がつまっていたら、何も入らない。人間もおなじで、中が詰まっていると、なにも入らない。
“ないことが、役に立つ!”
空洞に作ることは、土にとって必然。器であれば、食べ物が入って完成。オブジェであろうと、用は中が虚ろであること。それを2千年前の老子が言っていたとは!

norico,stoneware,2004,174x222x108mm
陶芸を始めて20年目のある日、地下鉄を出たら東京は嵐だった。ビルの吹き溜まりに、たくさんの壊れたビニール傘。作ったヒトって、それがどんな風に使われて、どう命を終えるか、考えてるんだろうか・・・。そう思ったら、土を焼くのがこわくなった。
これはたぶん陶芸家しか知らないことだけど、乾いた土が、水に溶け行く姿は本当に美しく、これを人に伝えるには映像しかなかった。焼いたら、もう元には戻れない。
私は今、田んぼの土に何も加えず、ただこねて器を作る実験をしている。同じ田んぼの土から稲が育ち、その土で作った飯碗で、その秋に収穫された米を食べる。米を食べて、力をつけてまた働く。なんてシンプルな仕組みなんだろう。土さえあれば、生きていける。
地球上の土は、焼けばみんな石になると考えている。世の中にある焼き物はすべて人の手で作られたもの。石が器の格好してるから、割れると使い物にならん!と不燃物になる。割れたら、ただの石だと思えばいいじゃないか?
てな風に、私の相棒‘土塊(ツチクレ)’と喧嘩をしたり、仲良くしたりしています。

田んぼの土焼成テスト。
静岡の土はまだ若く、数百万年程度なので1250度ではへたれる。
1130度で、いい感じに焼き締まった
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◆ほかの回のコラムを読む
第1回 ベルギー・オランダ、ビールの旅
第2回 おそれ入ります、お庭ちゃん。
第3回 今さらながら、自己紹介
第4回 土がわたしにくれたもの
第5回 よそもの視点、旅人目線
第6回 すべてのわざには時がある
第7回 『100gのキモチ』 (最終回)
Posted by eしずおかコラム at 12:00